◇ア・リーグ エンゼルス10―9アスレチックス(2020年8月10日)
エンゼルスの大谷翔平投手(26)が10日(日本時間11日)、アスレチックス戦に「5番・DH」で出場し、6回に日本選手通算600本塁打となる4号2ランで逆転勝利に貢献した。98年に1号を放ったパイオニアの野茂英雄、100号の松井秀喜、500号のイチローらから日本人スター選手の系譜を受け継ぐ二刀流が、歴史に名を刻むアーチを架けた。
1998年4月28日。日本人メジャーリーガーのパイオニアだったドジャース・野茂英雄が、投手ながらロサンゼルスの夜空に日本選手初アーチを架けた。当時、大谷は3歳9カ月。まだ野球を始める前の出来事だった。
2020年8月10日。22年の時が経過した。場所は同じ南カリフォルニア地区のアナハイム。メジャー二刀流のパイオニアでもある大谷が右中間席に弾丸アーチを運んだ。「打った瞬間、入るなと思った」という日本選手通算600号は、この日の全打者で最速の打球速度110マイル(約177キロ)を計測した。
2点を追う6回1死一塁で同点2ラン。「(投手は)一塁に走者がいたので併殺を考えながら投げる。捕手もそういう頭の中で初球から良いスイングができた」と二刀流らしく配球を読み切った。救援右腕トリビノの95マイル(約153キロ)ツーシームを強振。「昨日から感じ(状態)は上がっている」と好調を自覚しているからこその初球打ちだった。これでメジャー通算44号。井口資仁(現ロッテ監督)に並び日本選手4位タイに浮上した。
日米通算201勝の野茂は憧れの存在。日本ハム時代の16年アリゾナキャンプでは「(米国で)二刀流を見てみたい。誰にもまねできない。そんな選手になってほしい」とエールを送られ「野茂さんがいなかったら(誰も米国で活躍できなかった)という部分もある」と畏敬の念を込めて語っていた。野茂以降、小学2年から野球を始めた大谷が「常に目標の存在」というマリナーズ・イチローが日本人野手の道を切り開き、同じく「小さい頃から目標だった」というヤンキース・松井秀喜も活躍。日本人スターの系譜を継ぐ大谷も18年に海を渡り、二刀流で新人王に輝いた。
4回は左腕から今季14打席目での初安打となる二塁打で2試合連続マルチ安打。右肘付近の故障で投手は今季絶望も「スイングの時は特に(痛みは)ない」と話すなど、もう一本の「刀」は輝きを取り戻しつつある。試合も3番・トラウト、4番・レンドンと中軸3人が一発を放ち逆転勝利。大谷も「これから先の戦いにも響いてくる」と手応えを語る。
先人の思いを受け継ぎ、日本人大リーガーの新時代を切り開く――。夜空に響かせた快音は、そんな決意を込めた「号砲」でもある。
▼エンゼルスジョー・マドン監督(大谷について)技術的にも見ての通り良くなっている。並外れたパワーはもっと安定感を増すだろう。最高の能力を見せてくれた。
▼エンゼルストラウト(主軸そろい踏みの一発に)みんな良い仕事をした。この勝利は我々にとって大きい。今日のようにこのまま戦い続けたい。
≪井口に並ぶ44本目≫日本選手の最多本塁打は松井秀喜の175本から、イチローの117本、城島健司の48本と続き、その次に井口資仁と大谷の44本が続く。日本選手の通算100号、200号、300号は松井秀、400号は城島、500号はイチローが記録した。野茂の日本人大リーガー1号から約22年4カ月(8141日)をかけて大谷の600号に到達した。
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大谷が、これまでの記録や歴史を変えていくのだろう。
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