出産で休みを取る国や自治体の女性議員が、「公人の義務を果たさないのはおかしい」などと批判にさらされている。今月12日には無所属の鈴木貴子衆院議員(31)(比例北海道ブロック)が第1子妊娠を自身のブログで公表し、厳しい言葉を浴びた。女性議員は、子供を産んではいけないの?【中川聡子、稲田佳代/生活報道部】
◇男性議員の無理解も
「(任期中の妊娠は)職務放棄ではないか」「これだから女性議員は」
妊娠を公表した鈴木議員のもとに、そんな投稿が何本も寄せられた。2日後の14日、祝福のコメントを多数もらったが受け入れがたいものも少なからずあったとブログで報告。「妊娠がそれら(議員の責任など)を放棄しているという考えには承服しかねる」とつづった。ちなみに鈴木議員は妊娠を公表しただけで、活動を完全に休んでいるわけでも、休みを取ると表明したわけでもない。改めて感想を聞こうと取材を申し込んだが、断られた。
東京都新宿区の鈴木宏美区議(33)が、バッシングを受けた自身の経験を詳しく証言してくれた。
2度の出産で2013年11月と昨年8月から4カ月ずつ「産休」を取った。最初の産休中、ポスターに女性を侮辱する性的俗語が書き込まれた。フェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)にも「投票した人々への裏切り」「辞職すべきだ」などのメッセージがきた。
同僚議員の無理解にも苦しんだ。2度目の昨年の産休中、上の子を連れて地域の夏祭りに出向くと、男性議員に「休んでいるのに選挙活動はするのか」と批判された。別の男性議員には「産休中は議会のフロアに入るな」と言われた。「休みの間も自腹で事務所のスタッフを雇い、区民の相談に対応してきました。『何もするな』と言われれば区民の利益を損ねます」。鈴木区議は納得がいかない様子だ。
◇国会議員「産休」第1号は自民党の橋本聖子氏
国や自治体の議員に労働基準法は適用されず、同法などに基づく産休や育休の制度もない。自民党の橋本聖子参院議員が妊娠し、2000年に出産のため国会を3日間欠席したのがきっかけで、衆参両院の規則に欠席を認める理由として「出産」が書き加えられた。これが国会議員の「産休」の出発点で、両院の議会事務局によるとこれまでに計12人が取得。休む期間に制限はなく、これまでの例では最長でも約3カ月という。
これに対し自治体議会はまちまちだ。都道府県と政令市の議会はすべて「産休」規定を備えているが、他の市区町村では1月現在、全国1741議会のうち2割強の416議会で規定がない(内閣府調べ)。交通事故に遭った際などに適用する「事故」扱いで認めた例もある。ルール未整備の自治体の背景には、女性議員がそもそも少ないことがあるとみられる。しかし、規定があってもバッシングは起きている。
妊娠や出産、病気、事故などで国会や自治体議会を休んでも、歳費や報酬は満額支給される。減額には特別の法律や条例が必要で、自主的に返納することもできず反発を招きやすい。北九州市議会では昨年1月、病気を理由に約2年半議会を欠席した市議が報酬などを全額もらっていたことが批判され、長期欠席者の報酬などを条例により減額する動きも出ている。
◇識者「バッシングは有権者自身の首を絞める」
こうした歳費などの問題以前に、議員は有権者の負託を受けて必要な法律や条令を提案したり、行政の誤りをただしたりする公的存在で、権利として産休や育休を認められている賃金労働者と同列に扱うことはできない。だがそもそも、妊娠や出産は基本的人権であり、職業によって制限されることが許されるのか。
女性活躍問題を取材するジャーナリストの治部(じぶ)れんげ氏は「日本には公共サービスの従事者に過剰な献身を求める風潮がある」と分析する。「どんな立場にあろうと、出産や育児を含む私生活とバランスを保ちながら活動する権利がある。この当たり前のことを改めてみなで共有すべきだ」と話し、議員の仕事と生活の両立を認めようと提案している。
「妊娠を公表した鈴木議員が『職務放棄』と責められるのに、夜の会合をはしごする父親議員の『育児放棄』は誰も問題にしないのでしょうか」。皮肉を交えてこう指摘するのは、女性の政治参画に詳しい三浦まり・上智大教授(政治学)だ。「女性議員へのバッシングは有権者自身の首を絞めることにつながる。多様性のない議会に働き方改革は期待できません」と強調する。
◇海外でも女性議員の妊娠に批判
日本の衆議院で女性の占める割合は、わずか9.3%。世界平均(下院)の23.4%を下回り、日本の女性比率の順位は193カ国中164位に甘んじている。とはいえ、女性比率が日本より高い国でも、女性議員の妊娠・出産への批判はある。
申※栄(しん・きよん)・お茶の水女子大准教授(比較政治学)によると、英国で今年5月、下院議員選挙に立候補した妊娠中の女性候補を指して男性議員が「母親業で忙しくなるのに議員としてふさわしいか」「母親なのにきちんと子育てしないのか」などと発言し、「性差別だ」と批判を浴びた。
韓国の国会では14年、現職議員が妊娠する初めてのケースがあった。しかし、女性議員は前例がないとして公表せずに翌年出産。後に「議員として堂々と働く女性の産む権利を訴えるべきだった」と後悔の念を口にした。
とはいえ、両国は政党が候補の一定割合を女性とする「クオータ制」を導入しており、英国下院の女性比率は3割、韓国の国会も2割近くを占めている。女性議員の割合が低いのに、有効な対策を取らない日本とは対照的だ。
申准教授は言う。「国民の代表たる議員が妊娠・育児で肩身の狭い思いをするのはマタハラが蔓延(まんえん)する男性優位社会の縮図。女性議員が増え、当たり前のように出産や育児をするようになってほしい」
◇オーストラリアでは議場で授乳も
一方、オーストラリアでは4月、ケリー・オドワイヤー歳入・金融サービス担当相が現役閣僚として初めて産休を取得。5月には、ラリッサ・ウォーターズ上院議員(当時)が連邦議会史上初めて、議場内で生後2カ月の娘アリアちゃんに授乳し話題になった(同議員は授乳とは別の問題で今月辞職)。昨年、子連れで授乳などができるよう規則が改正されて実現した。
ウォーターズ議員はツイッターで授乳する自身の写真とともに「議会にはもっと女性や親である人たちが必要だ」と投稿。米紙ニューヨーク・タイムズの取材には「授乳は昔から行われてきた自然なことだ」と語った。
神奈川大の杉田弘也特任教授(オーストラリア政治)は「妊娠はもちろん子供を連れてくることはもはや問題ではなく、議場内での授乳が話題になった。オドワイヤー担当相の産休では職務を他の閣僚が分担したようだ」と解説する。
ネット上では「おしっこだって自然な行為だけど普通は隠れてする。彼女(ウォーターズ議員)は目立ちたいだけだ」という批判もあったが、公の場での授乳は大した問題ではない--というのが大勢の受け止め方のようだ。
杉田教授によると、20年ほど前に20代で女性上院議員となった友人が「議場にジムはあっても託児所はない」と嘆くなど、女性議員への配慮は遅れていた。同国の地元紙の報道では、03年にビクトリア州議会で女性議員が議場内で授乳しようとして退出を求められたり、09年には連邦上院議会で女性議員に同伴した2歳の娘が議場外へ引き離されたりしたという。杉田教授は「若い世代の議員が増えてきて、徐々に親としての権利や子の権利が尊重されるようになってきた」と指摘する。
海外では議会を欠席する時に代理議員を立てる制度もあるという。前出の三浦まり教授は「日本でも出産や育児、介護、病気などに備えて休職・代行制度を確立し、議会の働き方改革を進めるべきだ」と提言する。
※は王へんに其◇鈴木区議に寄せられた批判の一つ 前々から疑問に思っていました。議員て公人ですよね?議員はその選挙区の人々の声を世に伝える役目であるはず。それが義務のはずです。理由はどうあれ、議会を休んだらその義務を果たせません。投票した人々に対する裏切りです。女性の権利は尊重するし、女性が子供を産まない社会は破滅です。だからといって、それが免罪符にはなりません。
(毎日新聞)
休職制度の改革か、育児期間の活動停止か。