◇北朝鮮、マレーシアの譲歩で、早期収束図る思惑か
北朝鮮がマレーシア人の出国禁止という措置を取った背景には、金正男氏殺害事件に対する国際社会の批判が広がる前に、圧力をかけることでマレーシアから譲歩を引き出して早期収束を図りたいという思惑があるようだ。だが、マレーシアとの関係悪化は「外交・経済の重要な拠点を失う」(指導部に近い関係者)とされ、その代償を危惧する声も出ている。
北朝鮮は伝統的に東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と友好関係を築いてきた。特にマレーシアはビザ免除協定により自由な往来ができ、水面下の外交接触や外貨稼ぎの拠点という「前線基地」的な価値がある。関係が悪化すれば、北朝鮮へのダメージは決定的だ。だが、この現状を理解しているはずの外交官らも収拾を図ろうとする気配はない。
北朝鮮では現在、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の独裁体制が強化され、外交当局者の間でも忠誠競争が激化しているようだ。同関係者は「元帥様(金委員長)の気分を損ねない、ということが外交の判断基準になっている。外交官らも『譲歩』は許されず『強硬』『超強硬』を主張するしかない」と指摘する。
ただ、一方で「超強硬」措置に意味があるのは、米国などの大国を相手にした外交であり、「(友好国の)マレーシアのような(北)朝鮮に絶対的価値のある国を相手にして『超強硬』を主張するのは無意味だ」(同関係者)との見方もある。
今回の出国禁止により、北朝鮮はマレーシア人を事実上「人質」に取った形だ。過去にも北朝鮮は、米テレビ記者や韓国企業「現代峨山(ヒョンデアサン)」職員の身柄を拘束(いずれも2009年)し、解決策を話し合うことを理由に、クリントン元米大統領や玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)・現代峨山会長らを呼び寄せ、自国の要求を突きつけてきた例もある。
北京の外交関係者の間には、今回は「そもそも人質外交が常識外れ」との批判があるほか、マレーシア在住の北朝鮮住民の数が北朝鮮在住のマレーシア人より圧倒的に多くバランスが取れていない▽外交官だけでなく一般住民も巻き込んでいる--などの点で「やり方が幼稚だ」との指摘もあり、強硬策によってマレーシアの譲歩という「対価」を得られるかは不透明だ。
両国間では国民同士が相対国を自由に行き来できなくなり、大使も置かない状態となった。さらに事態が悪化すれば、相手国大使館の閉鎖、撤収、断交となり、北朝鮮には大きな損失となる。【北京・西岡省二】
◇マレーシア、断交が視野に
「人質を取る行為で、国際法と外交規範を無視したものだ」
北朝鮮によるマレーシア国民の出国禁止措置について、ナジブ首相は極めて強い言葉で非難し、北朝鮮国民のマレーシアからの出国禁止という対抗措置を発表した。金正男氏殺害事件が発生した2月13日以降、北朝鮮はマレーシア政府や警察を執拗(しつよう)に批判し続け、捜査では大使館の2等書記官までが事件の重要参考人として浮かんだ。国家ぐるみで事件を起こした疑いが強まった北朝鮮に対し、「政府内の不満は爆発寸前」(政府関係者)の状況で、首相の強い姿勢に賛同する声が集まっている。
一方で、北朝鮮側が出国禁止という強硬手段に出ることはマレーシア側にとって想定外だった可能性が高い。マレーシアは北朝鮮の姜哲(カン・チョル)・駐マレーシア大使に対し国外追放を通告。退去を拒否することも予想されたが、大使は期限内に国外退去した。このため「ひとまず安心の雰囲気が流れていた」(外務省関係者)。外交関係に詳しいユスマディ・ユスフ前国会議員は「政府は北朝鮮の反応を過小評価していた」と指摘する。
中国国営中央テレビは在北朝鮮マレーシア大使館で6日夜、文書を焼却したり、荷物を運び出したりする動きがあったと伝えた。現地では北朝鮮の対抗措置に備え、マレーシアの外交官らが北朝鮮からの退避を検討していた可能性もあるが、結果的には間に合わなかったのかもしれない。
クアラルンプールの北朝鮮大使館では7日、地元警察が入り口で規制線を張って館員らの出入りを禁じる場面があり、緊迫した。現場を訪れたヌールジャズラン副内相は「館員の身元確認や居場所を確認する必要がある」と説明。マレーシア警察のカリド長官は高麗航空職員や2等書記官ら計3人の容疑者・重要参考人が大使館内にいるとの認識を明らかにした上で、「彼らが出てくるまで5年でも待つ」と強調した。
これまで国交断絶まではすべきでないとの論調が多かったマレーシアだが、「北朝鮮との外交関係を断つことを期待する」(ペナン州行政長官)などの声が出始めた。アニファ外相は7日付の地元紙に寄稿し、断交について「国益などを考慮して必要があれば最後の行動をためらわずに取る」と明言。断交が視野に入ってきた。【クアラルンプール林哲平、金子淳】
(毎日新聞)
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