結婚、出産、不倫、出奔、文壇デビュー、得度…。9日、99歳で亡くなった作家の瀬戸内寂聴さんの起伏ある人生は、自らの作品世界と重なるような波乱に満ち、熱情にあふれていた。そうした人生を背景に語られる法話は、迷える人々の心に寄り添い、すくい続けた。 先の大戦中に結婚して北京に渡り、母になったが、引き揚げ後に夫の教え子と恋に落ちる。幼い娘を置いて出奔したが恋は実らず、自活の道を幼い頃からの夢だった小説の世界に求めた。「その日から私は、あれほど憧れていた普通でない人間に、アウトローの世界の人間になっていた」。後にそう回想している。 昭和32年の「女子大生・曲愛玲(チュイアイリン)」で新潮社同人雑誌賞を受賞したが、後の「花芯」の官能描写をめぐり、男性中心の文壇から批判を浴びた。復活を遂げたのは小説「田村俊子」。奔放な生き方ゆえに誤解も多かった明治生まれの流行作家、田村俊子の評伝小説だ。以後、才気ゆえに稀有(けう)な人生を歩んだ近代日本の女性たちに光を当てていく。 無政府主義者・大杉栄とともに虐殺され、雑誌「青鞜」最後の編集者だった伊藤野枝の恋と波乱の人生をつづった「美は乱調にあり」、続編「諧調は偽りなり」は代表作。社会活動家の平塚らいてうを主人公とした「青鞜」、小説家、岡本かの子を扱った「かの子撩乱(りょうらん)」、芸妓から尼僧になった高岡智照(ちしょう)尼の「女徳」など、因習にとらわれず恋や思想、芸術に命を燃やす女性たちに、自身の生き方を重ねていく。 37年発表の自伝的小説「夏の終り」は、妻子ある作家と年下男性との三角関係に悩む主人公を描いた話題作。映画化され、いまなお人気のロングセラーだ。 51歳での得度は、大きな転機になった。著書が飛ぶように売れる流行作家でありながら、しのびよる人生のむなしさをかみしめ、出家を「生きながら死ぬこと」と表現した。 一方で、剃髪(ていはつ)後も酒を飲み、肉を食すことを公言するなど、世俗的な親しみやすさも人々の心をつかんだ。寂庵での法話には子供や伴侶を亡くすなど悩める人々が多く集い、己を忘れて他を利するという天台宗の開祖・最澄の「忘己利他(もうこりた)」の精神にのっとり、人々を癒やし続けた。川端康成さん、ドナルド・キーンさんら当代きっての文豪や学者から、俳優の萩原健一さんら多彩な交流でも知られた。 70代に入ると、源氏物語の現代語訳に挑む。「今読んでも非常に新しい源氏物語を国民はもっと読むべきだ」との思いで、準備に5年、訳に5年というあしかけ10年の月日をささげ、「ですます調」の平易な言葉を駆使した「瀬戸内源氏」と称される大作は完成した。
「生きることは愛すること」-。よく口にした言葉通り、生と死を愛情豊かに見つめながら、生ききった。
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癒しと勇気を与えられる人はすばらしい。
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