<岸田首相が長男の翔太郎政務秘書官を更迭した。週刊文春の「首相公邸での大ハシャギ」報道がとどめを刺した形だが、なぜ即時でなく6月1日の辞任なのか。法律に基づけば、6月1日辞任なら200~300万円と推測されるボーナスは満額支払われる>
岸田文雄首相が長男・岸田翔太郎政務秘書官を6月1日付けで辞職させると表明した。5月25日発売の週刊文春が「首相公邸での大ハシャギ」と題して、昨年12月30日に行われた岸田家親族などによる「忘年会」の様子を報道。掲載された写真の中には、かつて組閣時に閣僚写真を撮影した往年の階段で親族の一人がアイス片手に寝そべる「不適切な絵面」の写真も含まれていた。流出経路は不明で、G7広島サミットの高揚に水を刺す「絶妙」なタイミングということも憶測を呼んでいる。【北島 純(社会構想大学院大学教授)】
岸田首相は当初、忘年会の中心人物である翔太郎秘書官を厳重注意に留める姿勢を見せていた。しかし、「不適切」「公私混同」だとする批判が高まり、日本経済新聞・テレビ東京の5月世論調査(5/26~5/28実施)では内閣支持率が5ポイント低下した(52%から47%)。G7広島サミットや株価上昇を受けて各社の世論調査数値が軒並み上昇していた中での突然の急降下だ。公邸忘年会事件が「支持率を下げた要因とみられる」と日経が報じたことの衝撃は大きく、岸田首相もついに事実上の更迭に踏み切らざるを得なくなった。
翔太郎秘書官は昨年10月の着任時に「公私混同」だという批判を浴びて以来、これまでにも「官邸情報の漏洩疑惑」や「首相欧米歴訪時の公用車土産購入」などで物議を醸してきた。2月にLGBT差別発言で荒井勝喜秘書官(経産省出身)が即座に更迭されたのに比べて、叱責や注意を受けるだけ。「世襲後継予定者に対するダブルスタンダード」と言われても、首相としては息子の成長に期待していたのだろう。しかし今回ばかりは「更迭」という厳しい処分を下さないと「身内に甘い縁故主義」批判を無視できないと判断した形だ。
イギリスでは昨年、コロナ禍のロックダウン中にダウニング街10番地の首相官邸で送別会・クリスマス会・誕生日会などの「パーティー」がたびたび開催されていたことが発覚し「パーティーゲート」として政治問題化。2022年5月の地方選挙で与党保守党が大敗する原因となり、ボリス・ジョンソン首相(当時)退陣の一因にもなった。
イギリスの事案では、パーティーに参加したジョンソン首相本人がロックダウン規則違反として罰金を科されている。また、議会での虚偽的説明が問題を大きくしたことや、保守党内での「ジョンソン下ろし」の党派的動きと連動した事情があり一概に比較はできないが、翔太郎秘書官の首相公邸忘年会事件も「政治的な適切性」を欠くものとして社会の批判を浴びたという点では同じであろう。政治的な適切性判断、すなわち「ポリティカル・コンプライアンス」の感覚は現代の政治家にとって欠くべからざる重要性を持つようになっている。
<「不意打ち解散」断行なら相当の反発が>
今回の更迭で「懸念材料」が払拭された岸田首相が、近い将来のうちに解散総選挙に踏み切る環境が一層整備されたと見る向きもある。 しかし公邸忘年会事件前に実施された各社の世論調査結果が軒並み「支持率爆上げ」状態(読売日テレ+9ポイント、毎日+9ポイント、時事+4.7ポイント、NHK+4.4ポイント)であったのに対して、事件後の数値は、朝日の+8ポイントを例外として、大幅減少(前述した日経テレ東-5ポイント)あるいは微減(産経FNN-0.3ポイント)または微増(共同通信+0.4ポイント)に留まっている。 ただでさえ電力料金などの大幅値上げや「異次元の少子化対策」財源の社会保険料への上乗せ、防衛増税といった問題に対する政権の打ち出しに不信感を抱く有権者は、政治に対して基本的に厳しい目を向けている。そうした状況の中では、首相親族による悪ふざけの「アイス片手の階段写真」程度であっても、支持率上昇の気勢を削ぐのに十分だ。今回の更迭劇で会期末の早期解散論はやや後退した感がある。初夏の解散総選挙の可能性は依然として残るものの、自公間の候補者調整がぎくしゃくしている中で会期末に「不意打ち解散」を断行するならば、相当の反発が出る可能性がある。 通常国会は6月21日に閉会する予定だが、異次元の少子化対策や安全保障体制強化といった政策のほかにも様々な課題が積み残されており、議論が深められているとは言い難い。 LGBT理解増進法案や入管法改正案は言うまでもなく、それ以外にも例えば、質問権を6回行使してもなお解散命令請求に至っていない旧統一教会問題や、調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)の「身を切る」改革、不正競争防止法改正(外国公務員贈賄罪の罰則強化・適用範囲拡大)など、国政の課題は山積しているのが実情だ。そうした課題に一つ一つ真摯に取り組むことが支持率回復の基本であり、政権にとっての初心でもあるはずだ。
<やっぱり身内に甘い処分?>
岸田首相が今回、三国志にいう「泣いて馬謖を斬る」思いで更迭に踏み切ったであろうことは、辞職日付を6月1日にしたことからも伺われる。6月1日と言えば、首相秘書官(特別職国家公務員)の期末手当(夏のボーナス)支給基準日である。人事院事務総長通達によれば、基準日「当日」に離職した場合でも支給対象となるが、基準日前1カ月以内に離職した場合でも(例えば5月29日に辞職した場合)、期末手当自体は支給されると規定されている(特別職職員給与法7条の3、一般職職員給与法19条の4第1項後段)。 しかし、その場合は支給額が8割に減額されてしまう(一般職職員給与法19条の4第2項2号。なお、勤務成績に応じて支給される勤勉手当は95%に減額)。満額支給を受けるためには、5月中ではなく、少なくとも6月1日を待って離職する必要があるのだ。 一部の報道は「6月1日に辞職するためボーナスに当たる期末・勤勉手当は支払われない」という「官邸関係者の話」を報じているが、基準日に在職(と同時に離職)している以上、満額支給されるのが原則であり、例外として考えられるのは基準日(以降、支給日までの間)に懲戒免職処分を受ける場合などであろうか(なお「その者に対し期末手当を支給することが、公務に対する国民の信頼を確保し、期末手当に関する制度の適正かつ円滑な実施を維持する上で重大な支障を生ずると認めるとき」に想定されるのは支給の「一時差止め」であり、不支給そのものではない)。 翔太郎秘書官は今回、期末手当・勤勉手当だけでなく、退職金も受け取らない意向であると報じられている。しかし、更迭表明直後の即時辞職ではなく、「6月1日付け辞職」が選択されたことは、政治的な文脈で意味を持つ。この4日間の猶予が「やっぱり身内に甘い処分」という印象を有権者に与えたとしたら、それを払拭することは容易なことではない。 「泣いて馬謖を斬る」という故事だが、馬謖を斬った諸葛孔明が涙を流したのは、馬謖を不憫に思ったのではなく、馬謖を重用してはならないという劉備の遺言を無視した「己の不明」を悔いたからだという解釈もある。斬ることになるのだったら初めから登用しなければ良かった――。岸田首相の心中は、いかばかりであろうか。
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6月1日に在職していた場合、受け取らないと言ってもボーナスは支給されるし、返納の手続きは無理でしょう。
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