8月2日、午後12時32分。 エンゼルスの広報から1通のメールが届いた。 「クラブハウスは3時15分に開きます」 通常のナイター試合ならば、2時45分に開くが、この日は30分遅れでの開放。容易に予想はついた。
主力3人の放出で“終戦”を迎えたエンゼルス
今夏のトレード期限が午後3時に迫り、エンゼルスは、ギリギリの交渉を続けていた。ジェットコースターの冒頭のように頂上から一気に転落したようなシーズンで、トレードの市場は無念の「売り手」に回った。 駆け込みでブランドン・マーシュ、ノア・シンダーガード、ライセル・イグレシアスと、主力3人を放出した。イグレシアスはリリーフ陣とともに練習に顔を出したが、急きょ、切り上げてクラブハウスに戻った。 3時15分。私服姿でリュックを背負ったマーシュ、続いてタンクトップ姿のシンダーガードがクラブハウスの前の通路で会見。そして、クラブハウスの中に入ると、トレードが成立したばかりのイグレシアスが段ボールに荷物をまとめていた。 すぐにメディアに囲まれた守護神は、何とか言葉をつないだ。「ずっとここに残れればいいなと思っていたが……。驚いている。でも、これが野球。これが現実」。契約を4年延長した1年目。まさか、この夏にカリフォルニアを離れるとは思わなかっただろう。コーチやスタッフが、別れの挨拶をかわすために、入れ替わるようにイグレシアスのロッカーを訪ねた。 仲のいい日本の記者が横でつぶやいた。「僕らだったら、今日転勤してくれと言われるようなもんですかね」。 その言葉が妙に頭に残った。
「スライダーが6割」大谷の配球が意味するもの
エンゼルスが主力を放出して事実上の白旗を上げた翌3日、トレード報道の主役だった大谷翔平が、マウンドに上がった。
99球中、スライダーが61球。明らかに、4月や5月の大谷の考えとは違った。データを管理して、球種に偏りがないようにと常に語っていた男が、打者の手元で鋭く曲がる球ばかりに頼った。
初回からとにかく「ゼロで抑えたい」。そのためには、今季何度も強力打線を手玉に取った、信頼を寄せる球を投げる選択肢しかなかったのかもしれない。
最近はこの配球が顕著になっている。その理由を、「1点を争う中で、一番効果的な球。何がいいのかというのをチョイスして投げた」と言った。
間違いなく、覇気がない打線が投手・大谷を窮屈にしている。「3点取られたら勝つチャンスがない。先制点を取られたら厳しい」。後半戦は特に、何か重いものを背負い、苦しさが漂う。たった1人、チームの雰囲気に抗うように、勝利を求めているようにも映る。
「ヒリヒリした9月」を渇望していた大谷にとって、現状は受け入れ難いのだろう。主力3人を放出したチーム。何の抵抗もなく、負けを重ねるチームは、大谷の心をどんなふうに揺さぶっているのだろうか。
3日の試合後、大谷はオブラートに包むことなく、正直な心境を吐露した。
「トレードで売り手に回るとはそういうこと。チーム的にも士気高くやっていけていない。ポストシーズンにつながる可能性が低いというのは、選手からしたら厳しい」
前向きな発言が多い大谷が、少し苦しさを表現したのは驚きだった。切なさすら感じたのは、自分1人ではなかっただろう。
ホームランを放っても顔つきは厳しいまま
7月22日、オールスターでの登板を回避して、体調を万全にして臨んだブレーブスとの後半戦初戦。「いい流れになるきっかけをつくる試合を」と意気込んだ敵地アトランタでの敗戦から、言葉の端々に現状の厳しさを感じさせた。 その日は、試合前に悪天候で約1時間の遅延があったが、大谷の気迫はそがれなかった。6回まで今季一、二を争う投球を披露した。昨季のワールドチャンピオンがそこまで手も足も出なかったが、7回に暗転した。先頭の四球をきっかけに、過去の対戦成績でほとんど打たれていなかったマット・オルソンに手痛い先制2ランを浴びた。そこから、一気に相手の勢いに飲まれた。6失点KO。 試合後、「今のウチ(エンゼルス)は……」という言葉を2度も使った。 「どんな状況でも、100球ぐらいいかないと今のウチはきつい」「今のウチには重い2点だった」 常に「失点ゼロ」を意識する投球を強いられる。 試合中に大谷の笑顔を見る機会が少なくなった。 豪快なホームランを放っても、口を真一文字に結んでベンチに戻る。カウボーイハットをかぶった大谷が、厳しい顔つきで同僚にハイタッチする姿は、「セレブレーション」とは言えない光景だ。
エンゼルスでのプレーを楽しんでいるようには見えない
8月2日のトレード期限を過ぎた午後4時過ぎ。エンゼルスのペリー・ミナシアンGMが会見を開いた。約2カ月前の、ジョー・マドン監督解任の会見と同じように、忸怩たる思いを強調した。 当然、大谷の話題が出た。トレード報道の主役は、放出された3人ではなく、大谷だった。チーム側に大谷を出す意欲や動きは見られなかったが、それでも、騒ぎの中心にいた。 完全な「売り手」に回ったチームにあって、本当の意味での再建の切り札は大谷しかなかったからだ。 だが、大方の予想通り、大谷は残った。この先、どんな未来が待っているかは不透明だが、エンゼルス側は大谷との別れを望んでいない。「100年に1人」の存在で、お金を生み、人を呼ぶ。そんな選手を簡単に手放すとも思えない。 GMは「どんな交渉事も詳細は言えない」とした上で、大谷について「我々は翔平のことが大好きだし、彼もここでのプレーを楽しんでいる」と語った。 ただ、今、大谷がエンゼルスでのプレーを楽しんでいるようには到底、見えない。 5月中旬、エンゼルスが絶好調だった時、「今エンゼルスにきて一番楽しいか」と問われた大谷は言った。 「そうですね、勝つに越したことはない。チームが勝てば気持ちがいい」 チームが本気で変わらなければ、その姿勢を見せなければ、大谷がロッカーの整理をする日が来ても不思議ではない。
(「メジャーリーグPRESS」阿部太郎 = 文)
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勝てるチームで、遺憾なく二刀流にチャレンジしたいでしょう。
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