ついにEUの第2次ギリシャ金融支援は再延長されず失効した。月末一括返済という特例を受けた国際通貨基金(IMF)への融資返済も実行されなかった。先進国、中でもユーロ圏の国としては初の事例である。歴史的といってよいだろう。
ギリシャはほとんどの点滴を外された患者のような状態になった。残る最後の点滴は、欧州中央銀行(ECB)からのELA(緊急流動性支援)のみ。相手がIMFとはいえ返済遅延という実質的に債務不履行(デフォルト)した国に、引き続き資金供給を続けるのか。市場はECBの決断を見守っている。IMFは返済遅延国には一切融資しない。仮にECBも点滴を外せば直ちにギリシャの民間銀行は資金不足に陥り、とりつけ必至の中で「銀行休業」再開のめどがたたなくなる。
市場は、国民投票が行われる7月5日までは「金融システム安定」の錦の御旗のもと、ELAは継続されるとみている。しかし、国民投票で債権団案を受け入れる「賛成票」が過半数を占めても、「国民投票そのものが時間稼ぎ」との不信感は容易に消えない。独連銀総裁や独財務相は「ギリシャ許すまじ」と主張する強硬派だ。ECBへの最大のカネの出し手ゆえ、ドラギ総裁とて無視はできない。
振り返れば、ギリシャの信用力はわずか15カ月程度で激変した。2014年4月には「ギリシャ、国債発行を再開、投資家の需要高まる」との見出しが世界のメディアに流れていた。「緊縮財政の効果もあり、13年の基礎的財政収支は黒字化したと見られる」ことでギリシャの信用力が回復したとされた。米格付け会社も「成長が加速すれば格上げの可能性もある」と示唆していた。しかし、このときギリシャ国債を買ったのは、短期売買で値ざや稼ぎをもくろむヘッジファンドが多かった。
その後、ギリシャ国民の緊縮疲れがピークに達し、「反緊縮」を唱える急進左派連合が政権の座についた。この時点で、ギリシャ楽観論は根底から吹っ飛んだ。ヘッジファンドも一転、ギリシャ銀行株などに空売り攻勢をかけ、流動性の少ないギリシャ銀行株は仕手株と化した。欧州では、市場での空売り規制が厳しくなっているので、ギリシャの金融証券監督当局は、ソロス氏ら当該ヘッジファンドに罰金を科すに至っている。アテネ証券取引所はカジノ化し、「銀行休業」とともに29日には休場を余儀なくされる一幕もあった。
もはや、ギリシャ経済は、ECBのELAにより首の皮だけでぶら下がっている状況だ。しかし、アテネのATMの前に列をなす市民たちには、1日あたり60ユーロに制限されて引き出したユーロ紙幣のほとんどがELAを通じて供給されているという意識がない。
ドイツ国民の視点にたてば、「ドイツのご厚意により」の一言でも、ATMの前に張ってほしい心情であろう。
日本人の感覚からすれば、「このたびは、世界をお騒がせいたしまして」とチプラス首相がおわび記者会見で頭を下げるくらいが当然なのかもしれない。しかし、ギリシャにそのような価値観は皆無である。歴史的にアテネやスパルタなど「都市国家」から成り立ってきたので、国への帰属意識が希薄なのだ。ギリシャ国債といわれても、あたかも「他人事」のごとき扱いである。オスマントルコの支配も長かったので「法律は外国から押し付けられるもの」との意識が残り、順法意識も希薄だ。
アテネの家庭を訪問した際、「ギリシャ人は自分の庭がきれいなら、他人の庭など気にしない。地下鉄の駅から我が家まで歩いてきたときに、違法駐車の間をかいくぐって来ただろう。取り締まられず常態化しているのだ」と語ったご主人の言葉が忘れられない。債務危機にしても5年も続くと「危機慣れ」症状が顕著だ。「またか」と肩をすくめる。
5日の国民投票用紙の写真を入手して昨日の本欄に張ったが、債権団からの改革案を受け入れるか、との設問のみ。「YES」ならユーロ圏にとどまれるが、代償として具体的に緊縮とか年金カット・消費増税を受け入れるかとの点には一切触れていない。しかし、実はこの点が最も大事なのだ。
このままだと、改革案受け入れ・ユーロ堅持という総論には賛成するが、緊縮・年金カット・消費増税の各論に入ると、おそらく反対論が急増しそうだ。現政権が気に入らなくなれば、オストラシズム(陶片追放)の伝統が残る国ゆえ、総選挙で現首相を追放するだろう。ちなみにオストラシズムとは古代ギリシャで、僭主(せんしゅ)の出現を防ぐために、市民が僭主になる恐れのある人物を陶片に刻み国外追放にした制度である。
しかし、痛みは拒否してユーロの大樹にはすがる、では虫が良すぎる。そもそも、稼ぐ力が違いすぎる国々が同じ通貨制度の元で同居するが、家計は「非連結」という現在の経済システムに無理があったのか。
地域共通通貨の根源的問題には蓋をしたままでギリシャ債務危機解決の道は開けない。
(日本経済新聞)
ギリシャの国民性がおもしろい。
国民投票の賛成派が多いのだろうか。
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