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2016年2月23日火曜日

鵜久森淳志 ヤクルト「いて良かったと思われる活躍がしたい」

 ヤクルト・鵜久森淳志外野手(29)=前日本ハム=が、新天地で再起にかける思いを激白した。済美高(愛媛)では通算47発を放ち、甲子園のスターにもなったが、プロでは壁にぶつかり、昨オフ戦力外に。新しいチャレンジに臨む男の胸中を直撃した。

 ―昨年10月、日本ハムから戦力外通告を受けた。その時の心境は?

 「とうとう来たか、という感じでした。でも、覚悟はできていたので、すぐ切り替えられました。(トライアウトでは)正直、これでダメなら自分の野球人生の最後にしようと思っていた」

 ―トライアウトでは7打数2安打だったが、その後ヤクルトから獲得の連絡が入った。

 「高校の恩師(故・上甲正典氏)にも『頑張って15年やれ』と言われていました。その言葉がすごい心に残っていた。やっぱり1年でもという思いがあったので、すごくうれしかったです」

 ―今季でプロ12年目。ここまでのキャリアを振り返ってみて、どう思うか。

 「守備も走塁も大事ですが、やっぱり自分が生きていくには『打』なんですよ。でも、その打撃がなかなか向上しなかった。まず、ファームで結果が出ない。三振も多かったですし、どうやったら打てるんだろう、と」

 ―そして08年に初安打、11年には1軍で初本塁打をマーク。高校通算47発を放った長距離砲としての自信を取り戻したのでは?

 「少しは自信になりましたけど、やっていくうちに自分は長距離打者ではなく中距離打者だと感じました。特に札幌Dが広かったので、11年頃からですかね。(札幌Dの)フェンスを越えるなら、練習でもバックスクリーンに入れないと厳しいなというのはありました」

 ―これまで飛距離で衝撃を受けた選手はいたか。

 「大谷です。衝撃でした。飛距離が半端じゃないです。去年か一昨年、QVCマリンでの打撃練習中にバックスクリーンの上の方にスピーカーがあるんですけど、そこにぶつけたんですよ。風があったとしても、普通あそこまでは飛ばない。札幌Dでもバックスクリーンに平気で入れる。(他の選手とは)違いましたね」

 ―練習でも簡単には入らないものなのか。

 「入らないですね、フェン直はあっても。だからそういう選手を見る中で、やっぱり自分は中距離打者だなっていうのは感じます」

 ―今季から本拠地が神宮に変わる。本塁打のチャンスも増えるのでは?

 「確かに(札幌Dより)フェンスも低い。意識としては中距離打者のままですけど、僕にも(一発の)チャンスはあるかなとは思います。でも、信頼を勝ち取らないことには今までと一緒。信頼を得ていくために結果を出していくしかない」

 ―新天地で再スタート。今季の目標は?

 「拾ってもらった恩がある。今年が終わった時に、やっぱり鵜久森がいて良かったなと思ってもらえるような活躍がしたいですね」

 ◆鵜久森の済美高時代 3年時は甲子園に春夏連続出場し、主砲として合計5本塁打。春優勝、夏準優勝に導いた。センバツでは、初戦の土浦湖北高(茨城)戦で4回に須田(現DeNA)から左越え2ラン。その後も打ちまくり、21打数8安打の打率3割8分1厘、2本塁打、6打点をマーク。同校の初出場初優勝に大きく貢献した。続く夏も2戦連発を含む3発を放って決勝へとチームを牽(けん)引。決勝は駒大苫小牧に敗れたが、18打数10安打の打率5割5分6厘、8打点と大暴れした。

 ◆鵜久森 淳志(うぐもり・あつし)1987年2月1日、愛媛・松山市生まれ。29歳。済美高では3年時に甲子園で春V、夏準V。04年ドラフト8巡目で日本ハム入団。通算146試合で打率2割1分9厘、6本塁打、18打点。189センチ、85キロ。右投右打。年俸750万円。背番号91。
(スポーツ報知)

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