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2015年12月19日土曜日

橋下 徹氏、大阪市長を退任 府知事時代から8年の政治家人生に幕

波乱に富んだ「橋下劇場」に幕が下ろされた。
18日をもって、橋下市長が大阪市長を引退した。
橋下市長は、笑顔を見せながら、市役所前に出て来た。
午後4時すぎ、多くの職員に見送られ、大阪市役所をあとにした橋下徹市長。
18日で市長を退任。
府知事時代から8年間に及んだ政治家人生に幕を下ろした。
橋下氏は、退任会見で「評価については、僕は何点と言えるところではない。大規模に、住民サービスの転換に挑戦した自治体はないと思います。非常に自信を持った8年ですね。これ以上やれといっても無理です。自分で持てる力は全部出し切った」と話した。
茶髪がトレードマークの、人気タレント弁護士だった橋下氏が大阪府知事選挙に出馬したのは、2008年1月。
大差で当選した橋下氏だったが、当時、大阪府の財政は、借金が膨らみ、危機的な状況にあった。
当時、38歳で、歯に衣着せぬ物言いで、次々と改革を打ち出した橋下氏。
常に敵を作り、対立構図を際立たせる「橋下流手法」で、自らの政策を推進してきた。
2011年、自らが打ち出した「大阪都構想」を実現するため、大阪府知事を辞め、大阪市長選挙に出馬した。
大阪市長に当選すると、人件費の削減や補助金の削減など、これまで当たり前だった制度にも切り込んでいった。
そうした一方で、いわゆる「従軍慰安婦」を肯定したともされる発言で、国内外から批判を浴びた。
また、在日特権を許さない市民の会関係者との意見交換会では、冒頭から互いをののしり合うという、まさかの展開になった。
そして、2015年5月、悲願だった「大阪都構想」をめぐる住民投票では、僅差で敗北した。
橋下氏は、大阪市長の任期満了をもって、政界を引退する考えを表明した。
18日、任期最後の日を迎え、市長を退任した橋下氏。
菅官房長官は「地方分権や行政改革、こうしたことに大なたを振るった。お疲れさまでした、そう言いたい」と述べた。
維新の党の松野頼久代表は「『別れても好きな人』ですから。政治家として、本当に高く評価をしています」と述べた。
今後について聞かれた橋下氏は、「今後は私人なんですから、ほっといてください。まず、1人でコンビニに行くのが第1目標。いろいろやりたいことがあって」と話した。
(フジテレビニュース)

 夏の参院選出馬だろう。
 おおさか維新が選挙で躍進できれば、自民との政策連携の流れだろう。

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