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2016年10月9日日曜日

前例にとらわれず大谷「二刀流」断行 栗山監督こそ、日本ハム優勝の最大の功労者だ!

 プロ野球パ・リーグで4年ぶりに、日本ハムがリーグ優勝を飾った。投打にわたって大活躍し、最大11.5ゲーム差を大逆転した最大の功労者は間違いなく大谷翔平(22)だろう。だからこそ、周囲が大反対する中で大谷に二刀流を敢行させ、花開かせた栗山英樹監督(55)の手腕が光る。

 栗山監督は選手としての実績が少ない。1984年、ドラフト外で国立大出身の外野手としてヤクルト入団。病気や故障で90年限りで退団するまで、実働7年間で、通算494試合に出場、計336安打にとどまった。名球会(投手=200勝以上、打者=2000安打以上)に所属する監督がゴロゴロいる中で、極端に少ない数字だ。

 ちなみに今季の他の11球団の監督の数字はというと-。

 ■ソフトバンク 工藤公康監督=投手で224勝3セーブ

 ■ロッテ 伊東勤監督=捕手で1738安打

 ■楽天 梨田昌孝監督=捕手で874安打

 ■オリックス 福良淳一監督=内野手で1116安打

 ■広島 緒方孝市監督=外野手で1506安打

 ■巨人 高橋由伸監督=外野手で1753安打

 ■DeNA ラミレス監督=外野手で2017安打

 ■阪神 金本知憲監督=外野手で2539安打

 ■ヤクルト 真鍋満監督=外野手で1122安打

 ■中日 谷繁元信監督=捕手で2108安打

 梨田監督も1000安打に満たないが、捕手というポジションから割り引いて考える必要がある。昨年、楽天監督に就任した大久保博元氏は現役時代わずか158安打だった。異例の抜てきだったが、1年で退任している。

 スポーツ界全体で言えることだが、現役時代の実績がモノを言い、引退後に指導者や競技団体の幹部になるケースが非常に多い。「お前、現役時代、どんな数字を残したんだ。顔じゃないないぞ」の世界である。もちろん、プロ野球界でも例外ではない。

 だからこそ、よほどの実績を残さないと、やっかみや嫉妬も混じって「そら、見たことか」と評論家諸氏から集中砲火を浴びることになりかねない。

 栗山氏が2012年に日本ハムの監督に就任した際、実績を残さねばならなかったはずだ。そこで、いきなりリーグ優勝を飾り、世間をうならせた。新人監督がリーグ優勝したのは17人目の快挙だった。

 その後、他球団が指名を見送る中、米大リーグ志向の強かった岩手・花巻東高の大谷を強行指名。口説いて入団させたのは周知の通りである。大谷に二刀流を挑戦させると表明した際は、「やめろ」のオンパレード。その多くが「過去に例がない」だった。

 そして、1年契約の今季も、優勝を逃せば契約を打ち切られる可能性もあったはずだ。そんな中でも、1961年に日本ハムの前身、東映が記録した83勝を上回る86勝をマークした。

 前例にとらわれない起用法は、他にもある。中でも守護神・増井浩俊投手(32)にルーキーイヤーの2010年以来となる先発への転向を命じたことだ。不慣れな先発だったが、増井は8月18日のロッテ戦から6連勝を飾り、チームを支える。大谷が右手中指のまめと右肘の違和感で、先発ローテーションを外れる中、柱となり、チームの危機を救った。10勝10セーブは異例の記録となった。

 過去に、選手として実績がなかったのに、監督として手腕を発揮した人に上田利治氏(79)がいる。広島の捕手だったが、故障もあって3年間で通算56安打しか残していない。ところが、阪急を1975~77年のリーグ3連覇に導いたのをはじめ、日本ハムも含め20年間で実にAクラス入り14度を誇った。栗山監督の方が選手としての実績は上だが、アイデアと熱意で時代を築いた点で共通点がある。

 観客動員やファンサービスのために、現役時代スターだった選手を監督とするケースも少なくない。日本ではまだまだ「名選手こそ名監督」という考えが幅を利かせている。球界全体の“意識改革”が必要だろう。
(産経新聞)

 投打共に非凡な才能で、どの監督でも使いたくなる。
 指のマメが潰れたことが、幸いし優勝につながったのだろう。

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