■ミリオンセラー本が発端?
「子供には牛乳を飲ませない」
テレビ番組で7月、4歳と2歳の子供の母親であるタレント、松嶋尚美さん(44)がこう発言したことがインターネット上などで話題になった。牛乳を飲ませない理由として、松嶋さんは「牛乳を飲むことで体内のカルシウムが尿と一緒に排出される」「乳製品を多くとっている国は骨粗鬆症にかかりやすい人が多い国だ」と言った。これに対し、同じ番組に出演していた専門家がすぐに否定したものの、ネット上では最近でも“牛乳有害説”にまつわる話が後を絶たない。
この有害説の発端は、平成17年に出版されミリオンセラーとなった本「病気にならない生き方」(サンマーク出版)とされる。著者は外科医の新谷弘実氏(80)で、自身の紹介サイトなどによると「胃腸内視鏡学のパイオニアとして活躍。ハリウッドセレブやレーガン元大統領、世界的トップ企業の専任医師として世界各国のVIPから信頼されている外科医」だそうだ。
同書では、牛乳のカルシウムはかえって体内のカルシウム量を減らしてしまう▽牛乳を飲み過ぎると骨粗鬆症になる▽牛乳を毎日たくさん飲んでいる米国、スウェーデンなど世界4大酪農国は股関節骨折と骨粗鬆症が多い▽日本でアトピーや花粉症の患者が急増した第一の原因は学校給食の牛乳にある-などの記述があり、松嶋さんの言い分がこの本の影響である可能性がうかがえる。
■科学といえない独自理論
これらの記述は科学的に正しいといえるのだろうか。
医学や栄養学などの学識者らで構成する「牛乳乳製品健康科学会議」(会長=折茂肇・骨粗鬆症財団理事長)は、新谷氏の主張にはいずれも科学的根拠がないとして、同書が出版された2年後の平成19年3月、有害説を信じる人たちが増えてきたのを受ける形で、新谷氏に公開質問状を出している。
質問状は、本の内容について科学的根拠を求めたものだが、新谷氏は回答書で「私は臨床医としてこれまで30万件以上の症例を見てきましたが、腸相(新谷氏が腸の中の状態の善しあしを人相になぞらえて呼ぶ言葉)の悪い患者に共通しているのが、乳製品をはじめとする動物性タンパク質の多量摂取でした」など独自の理論を展開していた。これは新谷氏個人の意見といえ、科学的根拠とはいえない。
牛乳乳製品健康科学会議と新谷氏とのやりとりはすべて公開されており、産経新聞も平成19年12月の紙面で「『牛乳体に悪い』 科学的根拠なし」とする記事を掲載している。
しかし、松嶋さんのように、いまだに新谷氏の説を信じる人がいるのが現状だ。
■有害説が生き残っているのは…
なぜ、牛乳有害説はなくならないのだろうか。
都内の大学の薬学部准教授は「牛乳を飲んで下痢をしたりアレルギーだったりする人が周りにいるので、牛乳が体に悪いという説は割としっくりくるからではないか」と分析する。
そんな中、科学者らによって、新たな検証が試みられた。
疑似科学(まがいものの科学)を検証している明治大学科学コミュニケーション研究所は、運営するサイト「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」で11月、「牛乳有害説」についての検証結果をアップした。
サイトでは、さまざまな科学的検証を行った上で、「牛乳が有害であるという説に関して、合理的な説明を与えることもできなければ、それを示唆するデータもない。骨粗鬆症における理論は完全に破綻しており、言説のつじつまをあわせるために研究データを引用している」と結論づけている。
牛乳は、カルシウムだけでなく、ビタミンCやマグネシウム、カリウム、良質なタンパク質などさまざまな栄養成分を含む。価格も手ごろだ。牛乳にアレルギーのある人や味が嫌いという人は別にして、おいしくて手軽に栄養がとれる牛乳を有害と思い込んで利用しないなんてもったいないと思うのだが、どうだろうか。
新谷氏は牛乳を有害と決めつける一方で、著書などでコーヒー浣腸や酵素サプリメントを勧めている。コーヒー浣腸をめぐっては12月初め、コーヒー浣腸に使う無許可の医薬品を販売したなどとして、医薬品販売会社の経営者ら3人が逮捕されている。コーヒー浣腸に医学的な根拠はなく、実施によって腸を傷つける可能性があり、「腸がむくんで自主排便できなくなった」と健康被害を訴えた顧客もいたという。(平沢裕子)
(産経新聞)
正しくない情報が流布し、それを信じる人はおめでたい。
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