1945年8月15日の終戦後、樺太(サハリン)から邦人を乗せて道内に向かっていた船3隻がソ連潜水艦に攻撃され、女性や子供を中心に計約1700人が犠牲になった「三船遭難事件」から22日で70年。日本海に面した小平町では21日、追悼式が開かれ、参列した事件の生存者ら約60人が、海のそばに建てられた慰霊碑の前で手を合わせ、犠牲者の冥福を祈った。
追悼式は、3隻のうちの1隻「第二新興丸」(2500トン)に乗っていた同町の三上澄子さん(80)の呼びかけで実現。三上さんは家族6人で樺太・大泊(コルサコフ)から乗船し、小樽港に向かう途中で雷撃を受けた。船は大破したが、何とか留萌港にたどり着いた。家族は無事だったが、親戚の半数が犠牲になった。
三上さんは「あの日も今日と同じくらい穏やかな海だった。元気なうちは、供養を続けていきたい」と話した。
式はこれまで三上さんが知人と開いたり、個人で行ったりしてきたが、今回は三上さんが当時住んでいた樺太・上敷香の元住民でつくる同郷会「フレップ会」(札幌市)が初めて主催した。同会は事件の生存者が多数おり、会員でもある三上さんから相談を受けて開催を決めた。会員の高齢化が進んでおり、この追悼式を活動の一つの区切りにする。
(読売新聞)
戦後のソ連(ロシア)の悪行を、マスコミが、もっと報道すべきだろう。
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