わずか1分ほどで1~2メートルも水位が上がり、平屋の建物はあっという間に水没した。2013年11月、台風30号が上陸したフィリピン・レイテ島。窓ガラスを割って脱出した男性は「津波のようだった」と振り返る。台風に慣れているこの国の人でさえ想像していなかったスーパー台風の猛威で、死者・行方不明者は7000人を超えた。
スーパー台風とは、米軍合同台風警報センターの定義で「地表付近の風速が1分平均で67メートル超の台風」を指す。日本では1分平均風速の0・88倍に相当する10分平均が一般的なので、換算すると「風速59メートル超」になる。大きな被害が出た▽狩野川台風(1958年)▽伊勢湾台風(59年)▽第2室戸台風(61年)--はその条件を満たしていたが、上陸時には勢力が弱まり「スーパー」でなかったという。
だが、今世紀末にはスーパーのまま日本に上陸する可能性があると、多くの専門家は指摘する。ポイントは海水の温度だ。
坪木和久・名古屋大教授(気象学)は、台風を車に例え、雲の壁に囲まれた目(中心部)は「エンジン」、取り込む水蒸気は「ガソリン」に相当すると解説する。海水が蒸発した水蒸気が吸い上げられて雲になる時、台風の目の空気は加熱されて軽くなり、気圧はさらに下がっていく。その結果、周囲から気圧の低い中心部へ吹き込む風が一層強くなり、勢力を増す。
このように台風が強くなっていくのは、海面の水温が26度より高い場合で、13年の台風30号上陸時のフィリピン付近は29度あった。日本周辺の9~10月ごろの水温は26度以下のため、台風は次第に衰えていくが、温暖化が進むと状況は変わる。
坪木教授が今世紀末の世界の平均気温が20世紀末より2・8度上がるとの想定で試算したところ、最大で中心気圧857ヘクトパスカル、風速88メートルという13年の台風30号以上の勢力のスーパー台風が生まれ、それに近い強さのスーパー台風がいくつも日本に上陸する経路をたどった。坪木教授は「今考えられている『最悪』のレベルを上げ、タイムライン(避難時の行動を時系列で示す計画書)などを整備する必要がある」と警告する。
スーパー台風は、どんな被害をもたらすのか。過去の災害から見えてくるのは「高潮」の恐ろしさだ。
風の強さがスーパー台風の特徴。高潮は風速の2乗に比例して拡大するため、風速が2倍になれば高さは4倍になる恐れがある。伊勢湾台風では最大3・55メートルの高潮が発生し、愛知、三重両県で4500人以上の死者・行方不明者が出た。99年の台風18号でも、熊本県の八代海で12人が高潮の犠牲になっている。
森信人・京都大防災研究所准教授(沿岸防災工学)らのシミュレーションによると、高潮が発生しやすい大阪湾の場合、今より気温が4度上昇すると、2・5メートルの高潮の発生頻度は「200年に1回」から「50年に1回」に増加する。2・5メートルは、大阪市内で30平方キロ以上が浸水した第2室戸台風による高潮並みだ。
13年のレイテ島では5メートルの高潮が観測され、さかのぼると19世紀後半にも約6000人が死亡した高潮の記録があったという。森准教授は「巨大な高潮は頻繁に経験するものではなく、自分や周囲の記憶だけを頼りに行動するのは危険。防波堤の整備などに加え、個人が気象情報などからリスクを判断する防災教育が重要だ」と指摘する。
(毎日新聞)
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