「そうですね、はい」
大会終了後、報道陣に来季も現役を続けるか、と聞かれた浅田は最小限の言葉で答えた。
起死回生を期し完全着氷を思い描いたトリプルアクセル。しかし、代名詞といわれたジャンプは、24日のショートプログラム(SP)では回転不足(1回転半)。25日のフリーでも「何があっても回ろうと思いました」とあえて冒頭に入れたが、転倒した。
トリプルアクセルを跳べない浅田は平凡な選手-という評価になる。
今季散々悩まされ続けた左膝痛は、実は昨年から。その原因は、12歳で会得したトリプルアクセルを跳び続けた“勤続疲労”にほかならない。今季は苦肉の策で左膝に筋肉をつける特別メニューをこなし「私にとっては特別舞台」と言い続けた全日本選手権にようやく出場できるところまでこぎ着けたが、結果はついてこなかった。
12歳の時に比べ身長は15センチ前後伸び、女性としての体形の変化もある。昔と同じようには跳べないのが当たり前だ。
浅田が慕う伊藤みどりさん(1992年アルベールビル五輪・銀メダル)は22歳、日本史上初の五輪金メダルを獲得した荒川静香さん(2006年トリノ五輪・金)も24歳で現役を引退した。かつてのライバル安藤美姫さんも25歳で現役を退いている。
そんな中、“ポスト真央”として本田真凛(15)=関大中=ら若手が台頭。本田は今月上旬、優勝候補に挙げられていたジュニアGPファイナルをインフルエンザで欠場したが、体調不十分の今大会でも総合4位に入った。
宮原知子(18)=関大=は、09年から大会4連覇した浅田以来の3連覇を達成。さらに15歳の樋口新葉(東京・日本橋女学館高)も2位となり、世代交代を強烈に印象づけた。
浅田は14年ソチ五輪で6位に終わった直後、現役続行について「ハーフ、ハーフ」という名言を残した。この時23歳。
当時は日本スケート連盟サイドにも、“金のなる木”の浅田を手放したくない思惑があり、本人もそれをヒシヒシと感じていた。国内大会でも世界大会でもテレビ中継の放映権料が入るが、絶大的な人気を誇る浅田がいればこそ。当時は後継者の芽すら見えなかった。
皮肉にも若手が続々台頭し、浅田への依存度が低下したいま、「練習にしろ、マスコミ対応にしろ、すべて浅田の気持ちひとつ。彼女の意向にNOといえる者は周囲に誰もいない」(スケート関係者)。
その浅田の悲願は五輪での金メダル獲得。2年前に現役続行を決断したのも「必ず(2018年の)平昌五輪に出場したい」との思いから。少なくとも五輪出場の可否がはっきりするまでは、諦めきれないのだろう。
また、25日のフリーの前に行われた公式練習では、曲をかけた状態でトリプルアクセルをきれいに着氷。直前の6分間練習でも決めていた。後ろ髪を引かれる理由になりうる。
平昌五輪に出場するには例年通りなら、五輪前年の来年の全日本選手権で優勝するか、GPファイナルで日本人最上位で表彰台に上ることが条件。いずれも現状の浅田にとって高すぎるハードルといわざるをえない。
左膝痛に苦しんだ今季、「『これが世代交代というものなんですよね』とつぶやくこともあった」(関係者)。いまだに“国民的アイドル”ともいえる存在だが、前途は実に厳しい。
(夕刊フジ)
厳しいけど、最後まで大多数の人は応援するだろう。
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