更新されたブログで栗城さんは「下山を決断しました」と報告。「全力を尽くしましたが、ラッセル(深い雪をかきわけて進むこと)で長い時間が掛かり、このまま進むと生きて戻ることができないと判断して、悔しいですが下山を決めて最終キャンプまで戻ってきました。皆さんからの応援に、本当に心から感謝です。今後のことはまたお知らせさせてください」としている。
日本時間の25日に標高約7600メートルの最終キャンプに到着。26日夜に最終キャンプを出発し、27日正午~3時頃の登頂を目指すとしていた。4月に発生したネパール大地震後、エベレストに挑戦するのは世界初で、挑戦の模様はインターネット中継される予定となっていた。
栗城さんは2012年10月に4度目の挑戦を行ったが、8070メートル地点で強風のため登頂を断念。下山途中に両手、両足、鼻が重度の凍傷となり、両手の指9本を失った。リハビリとトレーニングを続け昨年、世界12位高峰ブロード・ピーク(8047メートル)の単独無酸素登頂に成功し、復帰を果たした。その後も富士山や標高6000メートルに設定した低酸素室でトレーニングを重ねてきた。
アルピニスト野口健さん(42)は、ベースキャンプを出発したのが16日とあり、栗城さんのフェイスブックで「その標高から山頂を狙うにはあまりにも遠過ぎる。そしてBCを出発してから日数が経ちすぎ。疲労の蓄積がピークのはず」として「本当に余計なお世話かもしれませんが、一度BCに下り仕切り直しするべきだと。5日ほど体を休めてから再度アタック体制に入るのがベターだと思います」と呼び掛けていた。
(スポニチアネックス)
なぜ、指を失っても、登るのか。
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