オウム真理教による1995年の東京都庁小包爆弾事件に関与したとして、1審東京地裁の裁判員裁判で懲役5年の判決を受けた菊地直子元信者(43)が27日、東京高裁での控訴審で逆転無罪判決を受けた。運んだ薬品が殺傷力のある爆弾の原料であるとは知らず、殺人未遂ほう助にはあたらないとの判断での逆転判決。同日夕には約3年半ぶりに東京拘置所から釈放された。なぜ無罪となったのか? 今後、菊地元信者がオウムの後継団体に戻る可能性はあるのか? 識者の分析を通じ7つの疑問へ迫った。(北野 新太)
〈1〉なぜ異例無罪に
1審で有罪の最大の根拠としたのは、元教団幹部の井上嘉浩死刑囚(45)の「菊地元信者は(爆弾の原料運搬前に)『警察に見つかれば逮捕されて終わってしまう。頑張ります』と話していた」などとする証言だったが、2審判決では同証言が「あまりにハッキリしすぎている」と信用性に欠けるとし、無罪の理由となった。
異例の逆転判決について、元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は「井上証言に代表されるように、時間が経過した出来事についての証言をどのように判断するのか、という新たな問題を提起しています」と分析し「裁判員が認定したものと真逆の結論を出したことは、裁判員裁判の今後に禍根を残したと言えるでしょう」とした。
〈2〉高橋弁護士とは
主任弁護人は、北千住パブリック法律事務所に所属する高橋俊彦弁護士(45)。法政大卒。2000年に東京弁護士会に登録。10年には、新宿不動産会社社長殺人事件(07年)の控訴審判決で、1審の懲役20年判決を地裁に差し戻させた経験もある。菊地元信者の釈放時には、報道陣に対し「タレントではないのだから、追い掛け回すのはやめてください」と警告した。
公判中も時折ナデナデしていた口ひげが印象的だが、フェイスブックのお気に入り欄には「(漫画)ワンピース」「(テレビ番組)アメトーーク」を挙げるおちゃめな一面も。
オウム関連の裁判を長年傍聴してきたジャーナリストの青沼陽一郎さんは、傍聴席から見続けた高橋弁護士の印象を「最初から『(運んだのが殺傷力のある爆弾の材料であるという)認識がなかったか否か』という争点に絞り、(教団元代表の)松本智津夫死刑囚との関係や逃亡生活の詳細などを語らせなかったあたりは(審議の進め方が)うまいな、という印象がありました」と話す。
〈3〉大島裁判長とは
無罪判決を言い渡した大島隆明裁判長(61)は、13年に発生した三鷹ストーカー殺人事件の控訴審も担当。今年2月の控訴審判決では、懲役22年の1審判決を「私的な画像をインターネットで拡散させたリベンジポルノ(復しゅう目的の投稿)を過大評価したのは誤りだ」として破棄し、審理を東京地裁に差し戻して「リベンジポルノ」を重く見た東京地裁立川支部の裁判員裁判の判決を覆したことが話題になった。
さらに静岡地裁が再審開始を決定した袴田事件の即時抗告審も担当。横浜地裁時代には、戦時下最大の言論弾圧事件とされる横浜事件の元被告が国に求めた刑事補償の支払いを認め、冤罪(えんざい)と判断した。若狭さんは「大島さんは独自の判断基準を持っている印象はありますね」と話す。
〈4〉釈放後の居場所
釈放後の菊地元信者の行方は分かっていない。青沼さんは「一市民になっているので、メディアの立場では(居場所が分かっても)『ここにいる』とは報道できないと思います」とする。
2012年6月の逮捕前、菊地元信者は神奈川県相模原市にある一戸建ての民家に住んでいた。1995年5月から各地を逃亡したが、05年ごろに知り合った男性と共に11年夏から秋の間に同所に転居した。
男性は菊地元信者に好意を寄せ、何度もプロポーズ。正体を知ってからもかくまっていたため、犯人蔵匿罪などに問われて逮捕された。12年11月に懲役1年6か月、執行猶予5年の有罪判決を言い渡された。
現在、2人の愛の巣となった民家は空き家となっている。周辺の住民によると逮捕後に出入りしている人はいないという。建物の入り口には地主が記した「私有地のため立ち入りを禁じます」との札があった。
〈5〉教団戻る可能性
菊地元信者は2014年6月、1審の被告人質問で「(オウム真理教への)信仰心はありません」とし、脱会を明言している。しかし、青沼さんは「信仰は捨てていないと思います」と断言する。公判で、いまだに信仰心を捨てていないことがうかがえたとし「これまでも『脱会した』と言いながら教団に戻っていった例を数多く見てきました」とする。
現在もオウム真理教の後継団体「アレフ」、オウム元幹部の上祐史浩氏が代表を務める「ひかりの輪」が活動し、公安審査委員会から観察処分を受けている。「一般市民の立場としては怖いな、という思いを捨ててはいけないと思います」(青沼さん)
〈6〉上告できるか?
判決から2週間後の12月11日を期限に上告が可能で検察側は「検討する」としているが、若狭さんは「明確な上告理由というものを挙げなくてはいけないので、今回のケースでは簡単には上告できないでしょう」とする。「仮に上告できたとしても、最高裁で逆転有罪ということは難しいと思います。何しろ事件から時間がたっていて証拠が盤石ではないという前提があるので、再び判決が覆される可能性は低いと思いますね」と分析した。
〈7〉他の裁判へ影響
菊地元信者と同様、1995年から逃亡生活を送っていた元オウム真理教幹部・平田信被告(50)は公証役場事務長拉致事件の逮捕監禁罪などに問われた後、懲役9年とした裁判員裁判の1審東京地裁判決を支持した東京高裁の判決を不服とし、最高裁に上告中。一方、元信者の高橋克也被告(57)は殺人罪などに問われた後、東京地裁の裁判員裁判で無期懲役判決を受けて控訴中だ。
今回の菊地元信者の判決が今後の両被告の裁判に与える影響について、青沼さんは「2被告とも、公判では『(事件について)知らなかった』と主張している。菊地元信者の言い分とまったく同じ。何らかの影響は出てくるように思います」と分析している。
◆菊地 直子(きくち・なおこ)1971年、大阪府生まれ。43歳。89年、オウム真理教に入信。出家し教団組織「厚生省」に所属。広告塔として国際マラソン大会に参加した経歴から、指名手配された後「走る爆弾娘」と一部で呼ばれたことも。95年5月から小池(旧姓・林)泰男死刑囚らと逃亡し、都内や千葉県市川市などに潜伏。2012年6月3日、神奈川県相模原市内で身柄確保される。地下鉄サリン事件関連では不起訴。教団脱会を表明。
(スポーツ報知)
知っていたか、知らなかったか、を立証することは困難だろう。